その本を見つけたのは、羽田空港の出発ロビーの小さな本屋さんだった。宮古島に向かう飛行機の待ち時間にぶらっと寄り、滞在中に読む何か適当な本はないか探していた。五木寛之の「悲しみの効用」を見つけ、重さも丁度よく?それはすぐ決めたが、平積みの本に「小澤征爾さんと、音楽について話をする」を見つけて迷った。旅行には重過ぎる。でも、村上春樹好きであるし、気になった。今買わなければ、今度はないかも。出会いである。
それは寝転んで読むにも重く、宮古島では読めなかった。そして年末、忙しさも一段落し、さて読み出したら止まらない。何しろ面白いのだ。音楽もクラッシクも何も解らないのに面白い。あまりにも知ら無さ過ぎる世界に興味深々、解らないのに面白いのだ。「聴いた事のない音楽」「知らない演奏家」「演奏」について2人はざっくばらんに語っていて、それがまた面白い。
私の音楽知識は、高校までの授業だけで、ピアノは勿論、楽器を習ったのは、三味線(1ヶ月)だけで、他は声楽を数ヶ月習ったのみ。年に1,2回クラシックのコンサートに行き、DVDでオペラを観る程度。仕事以外では音楽の無い生活だ。
だから、この本については面白いという以外何も語れないのだが、村上春樹の「音楽」の翻訳?仕方が凄いのだ。演奏を言葉にする表現力、分析力、解釈、それは小澤征爾という人の中からいろんなものを出してくる。演奏した曲については、勿論、彼の青春、舞台裏、その多くは村上春樹という稀有な(ただの音楽ファンではない)聴き手がいてこそのものだ。
と、言うわけで今年は、クラシックを聴く1年が始まった。
運良く誘われて行ったウィーン・フォルクス・オーパ楽団の「ニューイヤー・コンサート」の「こうもり」等ウィンナワルツを幕開けに、ストラビンスキー「春の祭典」に目を開かれ、マーラーの「巨人」に耳を傾ける日々である。
埃を被って積まれていた我が家のコレクションに日の光が当たりつつある。
因みにこの本は1月15日の日本経済新聞でも取り上げられ、最相葉月さんが書いていましたが、音楽通の間でも評判が良いようです。
(2012年1月) |